大切な友達に貰ったチケットを携えて世界報道写真展に行く。
今年は例年にも増して凄惨な写真が多かったと思う。ハイチとメキシコの写真のせいだろう。
今年も多くの人。女性も多い。
写真自体もそうだが、それをみる人たちの群衆が、なにやらおかしく感じられる。
日本人だから幸せとはあまり感じない。しかしこうした写真を透明ガラスからみる感覚を得られるのは日本人だからの特権なのだろう。私は人が分からない。これからも分からないだろう。
一枚強く印象に残った写真がある。
ベトナムの少女の写真だ。
あまりにも長い時間その写真にいたので、彼女のいる空間に入り込んでしまったような感じがした。美しさや、健気さという透明ガラスの向こう側にたつ私の批評を通り越して、彼女がいる空間がそのまま感じられた気がした。
今年は例年にも増して凄惨な写真が多かったと思う。ハイチとメキシコの写真のせいだろう。
今年も多くの人。女性も多い。
写真自体もそうだが、それをみる人たちの群衆が、なにやらおかしく感じられる。
日本人だから幸せとはあまり感じない。しかしこうした写真を透明ガラスからみる感覚を得られるのは日本人だからの特権なのだろう。私は人が分からない。これからも分からないだろう。
一枚強く印象に残った写真がある。
ベトナムの少女の写真だ。
あまりにも長い時間その写真にいたので、彼女のいる空間に入り込んでしまったような感じがした。美しさや、健気さという透明ガラスの向こう側にたつ私の批評を通り越して、彼女がいる空間がそのまま感じられた気がした。

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